保育士時代の話⑩〜6年目…第二章 退職の意思表明、園長との会話のない日々。何でも相談できる関係とは‥?

スポンサーリンク
保育士人生

前回のあらすじはこちら

ここの園を辞めたい、もはや保育士すら辞めたい、
と思うようになったのは6年目の夏頃。

そこから全く状況も変わらず
むしろ悪くなる一方でした。

私がいくら主任でも私に決定権はなく
どんな事でも園長に確認してから進めなくてはならないので

何か小さなことでも確認しないと前に進めませんでした。

しかし園長は、外出が多く
確認したい事がある時に確認できず、
連絡がつかない事も多くなりました。

今回は限界の限界までいった時の話になります。

スポンサーリンク

ついに限界、退職の意思表明

園長との会話は、最低限の業務連絡しかなくなりました。

というのも
園にいる間はいつも”話しかけないでオーラ”を身に纏うので
多くの職員が気を使いながら話しかける程で、

確認の内容をコンパクトにまとめて話し、

外出の場合は私が各クラスの1日の様子や報告をまとめて
退勤後にメールで送っていました。

私の意思も変わる事なく年末になり、
そこで退職の意思を伝えました。

もちろん引き止められました。

「じゃあ来年度はフリーになるのはどう?」
「パートさんになってもいいかもしれないよ?」

たくさん案を出されましたが、
もう私はここではできないと伝えました。

そしてどうしても引き下がってもらえなかったので
禁断の「結婚するので」を使いました。



そうして私の退職が決まり、少しほっとした頃。

相変わらず園長に確認したい事も確認できす、
「明日の朝に」と約束していても
園長が出かける直前に

「すみません、〇〇の件なんですけど…」
と話しかけると

「今無理!!!」
と逃げるように去っていった事もありました。

この時は泣きましたね。笑

そしてまた別の日。
決定打でした。

自分のクラスで退園する子がいて、
そのお母さんが他の保護者さんたち全員に向けて
こっそりロッカーにプレゼントを入れていたんです。

この園では、保護者同士の物の受け渡しが禁止されていました。


それでも私はそのお母さんの思いを無駄にしたくなくて
何とか渡せるようにしたいと気づかないふりをしました。

しかしそれをG先生が見つけてしまい、
「どうします?」と相談されましたが
「目をつむってあげませんか」と話しました。

そして無事にお迎えの時間になるかと思いきや、
園長からの呼び出し

嫌な予感がして行ってみると

「○○くんのおうち、何か持ってきたんだって?
 うち、保護者同士の物のやりとり禁止なんだけど」

と言われました。

あなたはみんなのお手本にならなきゃいけないのに
 何をしてるの?

ただひたすら言われ続けました。
私の意図を話す間もなく、ただ「決まり」について言われました。

確かに私はこの園の決まりを破った。
それはやっぱり私がいけなかった。

でも、もし相談をしたらすぐ聞いてくれた?
何でいつも私の言い分は聞かずにG先生の話ばかり聞くの?

そんな思いが止まりませんでした。


というのも、実はこの件だけでなく
今まで何度もG先生が私の行動に目をつけて
園長に伝え、そして私が呼び出される
という事がありました。

文字で書くとどれだけやらかしてるの
って感じですが。笑

私は、もちろん全て保護者の言いなりではないです。

ただ、私なりに子どもや保護者の気持ちに
できる限り寄り添ったつもりですが

結局この園にいる以上決まりを守る以外
選択してはいけないのでした。

特にこの園長は特例を作らないので
規律はしっかりとある園だったんですが
その分保護者に寄り添う事ができていなかったと思います。

「決まりなので」とドーンと言わなきゃいけないので
クレームもたくさんありました。

園長に相談しても断られる事ばかりでした。

そんな中でも、信頼関係が築かれていくうちに
保護者に協力もたくさんしてもらえるようになって

だからこそ、今回の場合も
私は目を瞑ってあげたいと思ったんですね。

それでも結局思いも伝えられないまま
「決まり」に反した
というだけで終わりました。。


そしてメッタメタのギッタギタにされたのです。

多分、私はとにかく私の思いを聞いて欲しかったんです。
そして、それに対しての園長の思いと理由が欲しかったんです。



そしてそのすぐ後、


ある朝


右耳が聞こえなくなっていました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました