保育士時代の話⑧〜5年目 第三章 徐々に変化していく園長、自分の間違った思考

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保育士人生

前回のあらすじはこちら

異動して主任兼2、3歳児の担任になった私は、
主任としての自信が持てないままなんとか業務をこなしてはいても
毎日達成感もなく
他の職員に対しても気まずい毎日でした。

不仲なわけではありませんでしたが、
主任として何もできていない自分は
きっと知らないところで散々に言われてるだろうなぁと
こちらからも壁を作ってしまっていました。

そんな中連絡をとって支えてもらっていたのは
前の園で一緒に0歳児の担任をした先生たちで
余計前の園が恋しくなっていました。

これは5年目の終盤の話です。

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前の園での大事件

前の園では発表会が2月に行われるので
離れてから子どもたちがどれだけ成長しているか見たいので
見に行っても良いか園長に相談しました。

私は当然ゴーサインが出ると思っていたのですが、
返ってきた言葉は

「行かない方が良いんじゃないかな」

でした。
その後に園長はこう言いました。

「あっちの園は色々あったから、そこからいなくなった私たちのこと
 とても歓迎できる雰囲気じゃないから。行くのは辞めましょう」

この色々なんですが、
実は私が異動してすぐ後に前の園で行事後の会議が行われた際
とんでもない会議というかもはや公開処刑が行われたんです。

そして園長も、その時は向こうに行ってその会議に参加しました。

その会議の内容は、
「思っていることを正直に全部話そう」
という内容で、こちらの記事に書いたような
ドロドロな雰囲気を改善しようとSVが言い出したそうです。

もちろんそんなことで改善されるはずはなく、
むしろ逆効果になりました。

陰湿な人たちの怒りの矛先はすっかり主任に向かっていて、
みんなの前で責められ、
誰もかばってもくれず、
そしてすぐ辞めることになりました。

詳しい状況は、その場にいなかったのでわからないのですが
その後連絡を取った先生からは
「とてもあの場にいたくない状況だった」と聞いています。

そんなこともあり、
人間関係が最悪になった一方で
新園に異動して良い状況へ入った私は
恨まれてるかもしれない、

ということでした。

こんなことになるなら何で異動なんかしたんだろう、
他のクラスの空気は悪かったけど
あんなに楽しく保育をしていたのに、
私はなんでそれ以上のものを望んでしまったんだろう。
もしかして残ってたら主任の少しでも支えになれたかもしれないのに。

こうして後悔をしながらも
私は行ってはいけない理由について何の疑いもせずにいたのですが、

後から聞いた話だと
むこうの園でそのように言っている人はおらず
「なんで見に来なかったの?」と言われるぐらいでした。

これは憶測ですが、
前の園に行くことで園長の主任に対する態度等、
色々と詳しい話を聞かされるかもしれないと思って遠ざけたか
それに近い理由だと思います。

この頃主任と連絡を取り色々と話を聞くと、
特に辞める少し前まではかなり酷い態度を取られていたそうでした。

仕事が終わったので帰ろうとすると「もう帰るの?」と言われたり
言われたことをしたら違うと言われたり
とにかく口調が冷たかったりと

明らかに今までと態度が違ったそうです。

主任は私から見ても園長に特に大事にされていて、
その実力をとても評価されていたし
一緒にいて仲良く話す姿をよく見ていました。

なので、そんな姿からは想像しがたかったのですが、
振り返ると私が異動する少し前から
少し距離があるように見えたなぁと思いました。

私はまだそこまでは実感がなかったのですが、
自分もこれからそうなるんじゃないかなと
うっすら思い始めました。

そうして私は結局前の園に遊びに行くことが許されず
目の前のことだけに集中するしかなくなりました。

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